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エッセイ:私のこと〜なぜ開業を志したのか②医師になって〜

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さて、前回のブログでは、医師になるまでの診療科選びを中心に回顧してみた。

今回は医師になってからのことを書いてみたいと思うが、その前に質問があったので。

経済的なことは考えて決めたのか

科目選びに経済的、収入的なことは考慮に入れたのか?という疑問を持つ人もおられるようなので、その辺りもざっくばらんに。

さて結論から言うと、私は大学6年時、耳鼻科を選んだ時は、診療科による収入の差についてはあまり考えていなかった。

おそらくその時の大学生の多くはそうだろうが、今ほど情報はあまりなかった。

もちろん、外科は開業しにくいとか、小児科はこれから少子化になるから先細りかも、とか、それくらいの知識はあった。

しかしどの診療科がどれくらい儲かるかなどということはよくわからなかった。

それより重要だったのは、どの診療科は若い時にたくさんバイトに行けるか行けないか、という情報だった。

当時は医師免許を取ればすぐ保険医登録できたため、極論を言えば免許取得翌日にはバイトに行くことができた。

整形外科や泌尿器科の若い医師は毎日のように当直バイト勤務に精を出していた。

耳鼻科や眼科などのマイナー科も当時は研修医でも当直バイトはしていたのだが、救急患者が多数来るような所のバイト話はあまり来ず、単価の安い、寝るだけのバイトなどのみだった。

しかし耳鼻科は、医師になって半年くらいから、外来バイトがあてがわれており、バイト代、大学からの給料を合わせて額面で40万円くらい、というのが当時の耳鼻科研修医の相場だった。もちろんボーナスはない。

それくらいなら十分だと思った。

しかもある程度年次が経てば、勤務医ではどの科目でも給料は同じだ、という先輩の話を聞いて、金銭面でも耳鼻科で良いかと判断した。

耳鼻科医師になって

そして耳鼻科医としてキャリアを積み始めた。

ありがたいことに比較的症例数の多い、アクティブな病院に勤務させてもらうことができた。

手術症例も多い病院に勤務していたため、かなり初めより手術の経験を積ませてもらうこともできた。

さらに、他大学に手術の見学、実習なども行く機会をいただき、非常に充実した勤務医生活を過ごすことができていた。

そして専門医を取得し、大学院もなんとか卒業した卒後9年目くらい、ある基幹病院に就職することとなった。

そこでも手術をある程度経験させてもらい、そのまま耳鼻科の中のある領域のスペシャリストになるべく訓練を受けることができる環境ではあった。

生じ出した悩み

しかし、そこで私の中で4点の悩みが生じ始めていた。

1点目。手術ついて。

確かにこのまま手術症例をこなし、勤務医としてキャリアを積んでいくと、一つの領域のスペシャリストにはなっていっただろう。

それも人生としては面白いことは間違いない。

ただ、外科系医師であればおそらく皆感じるジレンマだろうが、手術をすべきかどうか、それを決める際に、医師の主観が入ることは否めない。

すなわち、手術するかどうか判断が分かれる病気がある時に、どちらを選ぶことになるかは、手術が好きな医師なら手術、嫌いな医師なら内服、ということになることがある。

また一方で、手術症例数で評価される外科系医師にとっては、手術経験数を増やすことは当然必要だ。

しかし私は、手術しないで治せるならその方がいいと感じていた。

そうすると、手術しなくて済むことは患者の負担は減ることになるが、私や病院の業績も減ることになる。

そこになんとも言えないジレンマを感じ、手術を生業として今後医師のキャリアを過ごしていくことになると、この葛藤と戦い続けないといけないのかという悩みが生じていた。

そして、勤務医としてキャリアを積んでいけばいくほど、前回のブログで書いた、私が以前からなりたかったいわゆる町医者から遠ざかっていくのを感じた。

第一線病院で勤めることになって、逆に、自分のやりたかったことは町医者なのだ、ということを再認識することとなった。


2点目。勤務医の激務による疲弊。

医師になって10年前後、脂が乗り始める時期である。

しかしこれは逆に、病院にとって、最も使いやすい世代とも言える。

当直も簡単な治療も一人でできる。しかし上司もまだまだいる世代であり、下働きもさせやすい。


ある時、大学同級生が集まっての同窓会があった。

皆医学部なので、各科の中堅医師が集まることになる。

そこで、話題になったのは、勤務の激務さ、不条理さであった。

今も勤務医の多くは激務であるが、当時は今以上に中堅医師の人権は守られていない時代であった。

集まった医師たちは、私からみたら皆コミュニケーション能力もあるし、医師としての技量も優秀な人たちであったが、私も含め医師たちはみな疲弊していた。

そして愚痴を述べ合い、お互い同じ環境であることを確認しあい、まさに傷を舐め合って、無理やり今の環境を納得し合う会だった。

その現場にいて、私はこの状況をなんとか打破できないものかと考えていた。

優秀な彼らがまさにこき使われ疲弊している。

日本の大きな損失だと感じた。

そういった医師たちが、働きやすい環境で、自分のしたいことをして、能力を発揮できる環境を作ることはできないか。

そんなことを考えるようになっていた。


3点目。経済的なこと。

勤務医でもある程度の収入はあったわけだが、決してそれほど裕福なほどではない。

欲しい車が買えるわけでもないし、住みたい家に住めるわけでもない。

親族に自営業で成功している人がいたのだが、その人は行きたいところにいつでも行き、住みたい所に住み、やりたいことを追求していた。

「冬は寒いから日本になんかいれない」などといって、12月から3月はハワイに住んだりしていた。

なめた人だと思ったが、羨ましいと感じる思いも正直持っていた。

この人にその人生が歩めて私が歩めないのは何故なのだろうと考えていた。


4点目。診療以外への興味。

医師たるもの、診療に全身全霊を傾けるのが使命で、それ以外のことに目を向けるのはアウトロー的である、という価値観がいまだに医師の世界には残っている。

私はその価値観に非常に違和感を感じていた。

医療分野、医療以外の分野での事業などもやってみたい。

ベンチャー企業の立ち上げなどは非常に楽しそうだと思っていた。

そういったことをやりたくても、その当時の勤務先では不可能な状況だった。

とすると、早く独立して、自由になればそういったこともできるかもしれない。

そういう気持ちが持ち上がってきたら、止まらなくなった。


そして開業を強く意識するようになった。

長くなってきたので次に続く。。

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