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医クラ界隈で起きている議論から、未来について思うこと

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最近、コロナウイルス問題であったり、HPVワクチン問題であったり、医クラ界隈および、医療情報アカウントで議論がよく起きている。

その中で、どういう情報を信じるべきなのか、に関して議論が沸騰することが多い。

論文を根拠に医療情報を広めるべき、という意見があり、その論文を元に情報発信している人を信じるのがよいという意見もある。

しかし逆に、医師が、情報源として個人の意見を頼っているのはどうか、とか、匿名の意見を鵜呑みにしていることがそもそも問題だ、などの意見も見る。

ここでは、私はこれらの意見に対して論じていこうというつもりではない。

ただ、こういったことを見て、今後数年から十数年で、こうなっていくだろうと感じることを述べてみたい。

(読み進めていくにつれ荒唐無稽になっていくかもしれないのでご了解を。。)


そもそも、医療情報だけでなく、何か事件が起きた時に色々な情報が飛び交うことはよくあることだ。

例えばある戦争が起きた時に、その起きた理由に関しては、様々な情報が飛び交う。

その際に私たちはどういった情報を信じるのだろうか。

以前なら、新聞に書いていることやテレビで放送していることを信じていたかもしれない。

また、信頼できる周りの人の意見だったり、家族の意見だったりを信用していただろう。

あとは書籍だろうか。

それくらいしか信頼性のあると思われる情報にアクセスできなかった。

しかし今、インターネットによって情報がフラット化している現代、情報量ははるかに多くなっている。

さらにテレビや新聞といった、今までのマスの情報源の権威も落ちてきていることはよく知られているところだ。

それでもここ最近までは、ある程度その中で自分で選択できたかもしれない。


ただ、昨年くらいから、マスメディアから、ネットメディアへの情報の移動がかなり加速していることを私は感じている。

私の70代の両親でさえ、テレビよりネット、ユーチューブから情報を取るようになったと言い出している。


そうなってくると、どういうことが起きるか。

まさに情報量のビッグバンである。

おそらく私たちの周りに集まる情報量は、これから指数関数的に増えてくる。

その情報をどう扱うか、これが問題になってくるだろう。


少し話が変わるが、以前かの有名な将棋の羽生善治名人が、このようなことを言っていることを聞いた。

将棋は、AI時代になり、人間が処理できる情報量をはるかに凌駕してしまった。すなわち、今ある将棋に関する情報を人間かすべて把握してその中で適切なものを選択することはもはや不可能である

といったようなことだった。

将棋という限られた世界の中で、羽生棋士のような天才でさえ、はっきりとそう感じているのである。

私を含め多くの凡人が、ある物事に対して知り得る情報に対して、それを適切に処理することなどは不可能と考えて良いと思う。

そして今後こういう傾向はどんどん加速していくだろう。


そしてまた一方で、我々医師も扱っている科学、医学に対し、我々はどう感じていくようになるのか。

私たちは科学、医学こそ根拠を元に検証され、間違いないとされることを試行錯誤の上選択されて成り立っている学問だと信じてきた。

少なくとも、私が高校生くらいまでは、これらを盲目的に信じていたと思う。

しかしそれを信じてきた結果、原子力発電の問題が出てきたり、STAP細胞問題が出てきたりしている。

これらを信じていっていいのものか、我々が本質的に疑問に感じ出していることは間違いない。

そもそも論文にエビデンスレベルなどという言葉がある時点で、そもそも真偽が定かでないものも多くあることを表している。


上記はマクロ的観点で、一方ミクロ的観点、私の卑近な小さな最近の経験を少し。

最近息子の矯正歯科探しをしていたのだが、どこが良いか全くわからない。

ネットで調べてもどこもがよく作り込まれているHPであり、決め手がない。

某まとめサイトも色々問題があると聞く。

抜歯をする方法やしない方法、マウスピースだけでする方法など、色々見つかるが、医療に携わり、近傍領域を専門としている耳鼻科医の私でも何を根拠に決定してよいかわからない。

そこで結局知り合いのママ友の歯科医の先生を頼ることとした。

そしてその先生の薦める歯科を受診することとなった。


結局まとめると、人間が個人ですべての情報を集めてそれらを吟味することは、今でも相当困難であり、今後情報のビッグバンが起きると考えられるとすると、そもそも情報を自分のみで集めることはあきらめるべきだと思っている。


では今後、人は何を頼るのか。何を基準に情報を選択するのか。

私は2点あると思っている。

一つはやはり、「自分が信頼できる人」、ということになるのだろう。

そしてこれは、リアルの知り合いに限らないと思っている。

むしろネット上の方が信用がおけると感じる場面に出くわす人も多いだろう。

そもそも今までも、リアルで会ったことのない書籍の著者に共感する、ということはあっただろう。その意見に非常に感動し、その人の本をさらに読み進める、ということは誰でも経験あると思う。

会ったことのないテレビに出ているタレントの意見に共感することもあるだろう。

今はネットによってそういった人と直接繋がることができる。

書籍を出版していなくても、テレビに出ていなくても、信頼できると判断できる人は今後どんどん増えてくると考えてよいと私は考えている。

そして、そこに実名、匿名はそれほど意味をなさなくなってくると思う。

匿名でしか正直に言えない内容も、ネットなら触れることができるし、匿名の方が真実であることも、もはや私たちはよく知ることとなってきている。

そもそも実名でも明らかに胡散臭い医療情報を垂れ流す人もいる。

たしかに実名だと、それ相応の責任が生じるが、それを逆手にとって、やっていることは胡散臭くても、実名であることで信用を得る方法を取る人もいるだろう。

正しいか、間違っているかより、その人が信用に値するのか、しないのか、そういう視点で情報を選ばざるを得ない時代になるのだろう。


そして、もう一つ、私たちが今後頼りにすると思われる要素は、「快か不快か」である。

なんだそんなことかと思われるかもしれない。

しかし、人のこの価値基準は今後侮れないと思っている。

例えば、今までなら、今が苦しくてもここで働くことが将来の幸せに繋がる、という将来のご褒美のために頑張るという価値観の元、がむしゃらに働くこともあっただろう。

しかし、最近は今苦しくて頑張ったところで、先にご褒美が待っていない現実も見えてきた。

また、結婚制度もそうである。

今までは特に考えることなく、結婚することが一般的で当然という価値観から、今や結婚のメリット、デメリットを余すことなく知ることができる。

婚姻率がさがるのは当然である。

今までは様々な分野でネガティブな現実は隠されてきたが、このネット時代、そういった情報にも簡単にアクセスできる。

将来の幸せであると人がいう、見えないことのために今を頑張る、ということはしなくなっていくのは当然のことだ。

今苦しむことや、将来苦しむと思われることは避けていくようになる。


しかし一方こうも言える。

今心地よいこと、今苦しくても将来に心地よい状態になると思われることにはどんどん積極的になっていくだろう。

例えば将来どうなるかわからない結婚はしないが、将来に向けてうまくなるとほぼ確信できるギターの練習は今しんどくても喜んでやるかもしれない。

信頼できる人」「快か不快か」、この2点がこれからの価値基準になっていくと私は感じている。

そこに正しいか、正しくないかはあまり意味をなさなくなるのではないか。


また、テレビ、新聞などのマスメディアを見る人の数はどんどん減り、ネットメディアに移行していくということは、従来のいわゆる「一般的な価値観」=「普通」という概念自体なくなっていく。

ネットでは、自分の見たい現実だけを見ることができ、自分にとって気持ちがよいと感じることだけを見ていくことが可能である。

さらに、自分にとって居心地の良い人たちだけと繋がっていく。

そして、緩やかに繋がる小さなコミュニティーが多数でき、その中で人は生きていく、そういう時代になっていくのだろう。


しかし、私はこれから来ると感じているそういう時代にむしろ期待を感じている。

それぞれの人が心地よい状態、さらに将来的に心地よい状態になるよう頑張る、しかもそれを自分にとって信頼できて居心地の良い人たちと進めていく、そういう社会になっていくことは、人々にとって無理のない環境なのではと思う。


また将棋の羽生善治名人はこうも言っていた。

イノベーションを起こせるのはAIではなく、人間でしかない

誰にとっても居心地のよい環境から、イノベーションも起きる、そういう時代が来るのではないかと思っている。

楽観的すぎるだろうか。。

しかし数年、十数年後の未来は、こういう流れになっていくことは間違いないと感じている。

2020/2/11追記:

誤解があるとだめなので、補足。

私は決して、医療に携わる上で、エビデンスを軽視してよい、ということを言っているではない。

むしろ自分の専門領域に関しては特にエビデンスは重要視すべきだと考えている立場だ。

もちろん臨床の現場では、患者と相談の上エビデンスにない選択をすることを余儀なくされることもあるが、その場合でもエビデンスを理解し、それをベースにした上での選択であるべきだ。

いうなれば、スポーツでいうところの基礎がわかってこそ、応用が生きる、というようなことだろうか。

上述のブログ内容は、そういったスタンスで個人のみで情報を集めることは、これからの時代難しくなるだろうという、問題提起であり、私自身最適解をもっているわけではないことをご理解いただきたい。

以上補足である。

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